旧友・ジャンボさんが亡くなったため、約一週間のお休みをいただいておりました。




こんちわ、番頭役のむろかつでございます。前回の記事である「2022/12月例会報告記(#4)」を更新後、おおよそ一週間のお休みを頂いておりました。こちらについての説明などをしたいと思いますです。

12月18日に旧友の「ジャンボ林原」さんが亡くなりました。

それは12月18日の日曜日の夕方のことでして、ちょうど前回の定例会報告を書いている途中にスマホの着信音が鳴りまして、ジャンボ林原さんの奥様からジャンボさんがこの日の午前中に亡くなられたというご連絡をいただきました。享年57歳でした。

ジャンボさんとは元はむろかつやハマクドーさん、ひよしコンビが2016年まで参加していた「岩Q槻」の前の団体の重鎮メンバーで(1999年から参加してたので後述しますが最後の2年間は休会状態ではありましたが、トータルで約17年間在籍しておりました)、そこのサークルは2017年に会の名前自体は変えなかったのですが「大幅なサークル全般のリニューアル」と「会員整理」を行い、その際にジャンボさんも会を辞めたという経緯があった方でした。

その会を辞めた際には、ジャンボさんも「私、2年も行ってなかったから仕方ないですしねえ」と苦笑いしつつ、「それでは今度はむろかつさんたちがいる岩Q槻の方にも参加したいですねー」とおっしゃってまして、我々の方も「岩Q槻の方にももし良かったどうぞー」と申し上げてたのですが、前の団体の在籍時の最後の2年間の時点でかなり本業の仕事が多忙で平日も終電帰宅、さらに土日出勤も多くなり休会状態で、退会後もそれが続いていて岩Q槻例会への参加はなかなかかなわず、2019年12月の東京例会(※)の時に、初めて岩Q槻に参加されまして、

↑この時の優勝チームのメンバー。左からケーニヒさん・ジャンボさん・T本山さん・キング先生であります。

ケーニヒさん・T本山さん・キング先生と共に「たほいや」などで団体優勝を果たして、初参戦初例会初メイン企画(しかもG1企画)優勝というなかなか珍しい快記録を…という事になっておりまして「さすがジャンボさん」と皆でびっくりする次第でした(笑)。

※東京例会…2019年までは岩Q槻では、12月例会だけは岩槻の開催ではなく都心の貸し会議室を借りて昼間の例会を行い、夕方からは焼き肉食べ放題のお店で忘年会という年末行事をやってました。2020年以降は例の新型コロナ禍で(主に忘年会が)できなくなってしまったのですけども…。

その後、先月(2022年11月)下旬に奥様からお電話がありまして、ジャンボさんが入院しているということとその容態がかなり好くなく、もしかしたらという事もありえる旨のお話をいただきまして、クイズサークルでお世話になった皆さんにもよろしくお伝え下さいという言伝をいただきました。そこで前のサークル時代にジャンボさんと交流があった面々には電話やらメールやら、そして12月11日の岩Q槻の定例会の集合前に…などでそれを伝えました。すると本山さんや三好さんなどには奥様の代筆ながらもジャンボさんから最後のご挨拶の葉書が届いてたんだそうです(ちなみにその電話の数日後に私もその最後のご挨拶の葉書が届いてまして、そこには「ひっさつ会長にもよろしくお伝え下さい」と書いてありましたので、スマホで写真を取りその画像をLINEで送らせてもらいました)。

なお一応、リニューアルした後の「前の所属先のクイズサークル」の責任者の方にも連絡は取れたのですがそちらの責任者の方いわく「リニューアルしてから既に6年が経過しており、ジャンボさんと交流があった人がもう2、3人しかいないため、個別に連絡はしておきます」とのことでした。

そのジャンボさんの告別式は12月25日に新横浜駅近くの斎場で執り行われまして、私・むろかつが参列させていただきました(なお奥様のお話ではジャンボさんの生前の意向もあり無宗教形式で執り行われました。なのでお通夜を行わずに告別式も「お別れ会」のような形で行われてました)。参列された方々は主にご親戚や職場関係の同僚・お友達が中心で、更に大学時代の同級生の方もいらっしゃって、本来は家族葬で執り行う予定で20人ぐらいの参列を見込んでいたらしいのですが気づけば40人以上の方々が最後のお別れにやってきまして家族葬のフロアに入りきれずロビーに椅子を用意されたり、出口近くの廊下のソファに着席したりしてまして…、「いや、さすがジャンボさん。皆から愛されてたんだなあ。まさに”以て瞑すべし”とはこの事だなあ」と私はジャンボさんの遺影の真正面の出口前のソファで身を正しながら、故人の冥福を祈ってきました。

今回は趣味関係の友人は私ひとりだったんですが(一方で弔電は何通か届いていたようです)、ご親族や職場関係・学校関係の友人の皆さんもジャンボさんがクイズを趣味にしてたりクイズサークルに入っていたこともご存知だったようで、私自身もサークルの皆さんの分も一緒に気持ちだけでも冥福を祈れたのは幸いだったと思っております。一応、お別れ会の後、出棺まで見届けてから帰途についたこともご報告させていただきます。

9月あたりに「御大杯」というメイン企画を新設したいと思います。

(追記:2023/5/26)※最終的には「5月例会」で開催となりました<御大杯

結局、岩Q槻のブログ記事はその亡くなられた日に更新した以降は、ちょっとそんな気にもなれずにずっと休んでおりました。1ヶ月前にジャンボさんの奥様から「かなり容態が好くない」と伝えられてから覚悟もしてましたし、亡くなってからちょうど一週間後に告別式が行われたのですが心の整理をつけるのに精一杯で、更に告別式から帰ってきた途端に喉の痛みを覚えて思いっきり風邪をひく、ということにもなっておりました(告別式当日の一昨日と昨日は風邪薬を飲んでさっさと早寝してました)。

以前、ジャンボさんは前のサークルの毎年の5月例会では「御大杯」という1日企画(岩Q槻でいえば8月のハマクドーさん企画「精霊流しステークス」のような各人の企画持ち込み例会ではない単独企画)を開催されてました。問題文がどえらく長くそれでいてネタがふんだんに組み込まれていて「実に味わいのある」クイズ問題、時には思いっきり変化球も辞さない「おもしろい」クイズ問題や、「若い時はよく新宿の歌声喫茶に通ってましたんで」とおっしゃりつつ時には歌唱集を持参して自ら合唱曲などを歌っての生声(?)イントロクイズ…など、なかなか準備も手間もかかっており、更に当日は参加者の誰もが意表を大いに突かれる凄いクイズ企画を毎年のように開催されてました。初期(2000-2005年の5年間ぐらい)の頃は秋にも開催していたのでたぶん「御大杯」はトータルでは20回を超えてたのではないか、と記憶しています。

で、私自身、この「岩Q槻」では毎年10月に、そのジャンボさんが「彼が(本業が一段落したあとに)いつでも岩Q槻に参戦して、そしてノビノビと企画ができるように」という願いも込めまして2018年あたりから「新・御大杯」というメインレースの名前をつけておりました。が、2021-2022年は新型コロナ禍の影響で8月例会が中止となり8月の「精霊流しステークス」が10月に移動しての開催となりましてなかなか開催できておらず、更にこのジャンボさんの急逝…ということで、ちょっと考えた結果、

9月あたりに「御大杯」というメイン企画を新設

したいと考えております。

こちらでは先程も書きましたとおり「問題文が長く、味わいのある」クイズ問題を作っていたジャンボさんにインスパイア(?)された…という事も含めて、毎年2-3回ぐらい開催している私・むろかつの王位戦「2段階早押しボードクイズ」のうちの1回を、できればこの「御大杯」で固定開催としまして、あとは通常の企画持ち込み例会として他の方の意表の突くクイズ企画・ゲーム企画などを公募して開催できれば…と考えております。なお、9月にしたのは全体的に「企画枠が空く傾向がある」のが9月だったんですね。それとジャンボさんのお誕生日が9月14日でもあったというのもひっかけております。

個人的には、特にこの「御大杯」ではそのジャンボさんとの思い出も振り返りながら「もしジャンボさんが岩Q槻の面々を相手にどういう企画を、そしてどういうクイズ問題を自作して出題するか」という事も少しでも考えながら、そういう意味で「インスパイア(ここでは「感化」という意味合いになるのでしょうか)」されつつ、実際に企画をやってみたいかなと考えております。これは2018年に若くして亡くなった創立メンバーのひとりであった「酒屋の若旦那」ガソダム氏を思い出し、振り返りながら「ここでガソダムだったらどういうリアクションやバカトークをするんだろうな、どういうウケ方をするんだろうな」と少しずつ考えながら盛り上げていく、という従来のやり方と共に、今後もヌルく楽しく岩Q槻を頑張っていきたいと思います。で、あっちで再会するだろうガソダム氏とジャンボさんが「あいつらバカだねえ」って指差して笑ってくれるようなサークルにしていければ、とも。

最後にジャンボさんのご冥福をお祈りいたします。以上です。

(Text by むろかつ(番頭役))




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埼玉県さいたま市岩槻区界隈で活動している「岩槻クイズの会・岩Q槻(いわくつき)」の公式ブログです。年間8-9回ほど「ヌルく」クイズやカードゲームなどで遊んでいる会です。 こちらのブログは主にサークルの「番頭役」のむろかつ(幕張亭ボーリック)が更新しています。