【今日の1問クイズ】Q5「松本楼(10円カレーでおなじみの)」




昨日に続きまして「今日の1問クイズ」です。

Q5:もともとは昭和46年11月19日に沖縄返還協定の反対デモの中核派の火炎瓶が原因で建物が全焼してしまい営業が不可能になった後、2年後に再建・オープンした際に全国から支援を頂いた感謝として毎年9月25日に先着1500人に限って振る舞われる「10円カレー」を始めた日比谷公園内にある洋風レストランは何でしょう?

A5:松本楼(まつもとろう)

正式名称は「日比谷松本楼」と言います。こちらの洋風レストランは日比谷公園が開園した1903年・明治36年の最初からオープンしてまして、もともとは江戸時代は各藩の大名屋敷、明治の頃に日比谷練兵場という陸軍に施設になったのを経て東京市に払い下げられて公園になったという経緯がありました。で、練兵場が日比谷から移転した先が代々木でしてこちらが今の代々木公園やNHK放送センターになってるんだそうです。

で、ここの日比谷公園は明治の頃から市民のデモや暴動がたびたび起こっているぐらい「集会・デモ等をするには非常に集まりやすい」立地条件になってまして(明治時代には日露戦争の講和条約の中身が原因で日比谷焼き討ち事件の舞台にもなりました)、問題文にも書いてあるとおり、昭和後期の佐藤栄作内閣の頃の沖縄返還協定(与野党共に沖縄を米軍統治下から返還してもらう事じたい…は異論はないが、返還後もその後も引き続き米軍の駐留や、核兵器の持ち込み等をどうするか、で与野党が大紛糾したことがありました)で強行採決されたりで反対デモが勃発、この当時は大学紛争は東大安田講堂の騒動などを経て少しずつ沈静化していたものの、極左勢力の活動はまだまだ活発で羽田空港界隈や渋谷界隈、更に成田空港問題などでもたびたび(機動隊との揉み合いでも、そして組織内の内ゲバでも)死傷者が出ている時代でもありました。例の連合赤軍の「山岳ベース事件」「あさま山荘事件」がこの松本楼の休業中の出来事でもありましたので…。

そして話を松本楼に戻しますと、その際によせばいいのに中核派が投げた火炎瓶で松本楼が全焼してしまい、その再建に物凄く時間がかかった反面、老舗ということでも知名度が非常に高くて全国から支援を声をいただいたそうで、昭和46年11月に全焼した後、昭和48年9月25日にリニューアルオープンした際にその御礼として始めた…のが、例の「10円カレー」だそうで、その収益は全てチャリティーに送られているとのことで、今では「10円カレー」の代名詞で逆にとてもよく知られるようになったんだそうです。

なお通常は800-900円ぐらいするそうで、都内に数箇所、横浜にも相鉄ジョイナス(JR横浜駅から相模鉄道の横浜駅に向かう途中です)にも支店がある上に、松本楼のホームページではオンラインでもカレーやハヤシライスのルーなどが売られてますので、それを取り寄せて「なるほど、これが10円カレーで喰えるカレーなのか」とも(笑)

ついでに書くとこの現在の松本楼の建物は「3代目」で、初代の建物は関東大震災で全焼し、2代目の建物がこの中核派のデモの火炎瓶で全焼して、今の3代目の建物が現在に至る…とのことです。うーん、これを書いててカレーが食べたくなってしまった(^_^;)

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埼玉県さいたま市岩槻区界隈で活動している「岩槻クイズの会・岩Q槻(いわくつき)」の公式ブログです。年間8-9回ほど「ヌルく」クイズやカードゲームなどで遊んでいる会です。 こちらのブログは主にサークルの「番頭役」のむろかつ(幕張亭ボーリック)が更新しています。